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手話言語条例について紹介

沖縄県手話言語条例は
ろう者とろう者以外の方々が共生することができる地域社会の実現を目指しています。

手話は、手指の動きや表情などを用いる独自の語彙及び文法体系を有し、ろう者とろう者以外の方が、意思疎通を行うために必要な言語です。手話を使い生活を営むろう者とろう者以外の方が、お互いに理解し合える地域社会の構築を目指して、平成28年4月1日から「沖縄県手話言語条例」がスタートしました。この条例では、手話に対する理解の促進、手話を使用しやすい環境づくり、これらの手話の普及に関し、基本理念を定め、沖縄県の責務及び沖縄県民の役割を明らかにし、手話の普及に関する施策の基本となる事項を定めることにより、手話の普及に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図り、もってろう者とろう者以外の者が共生することのできる地域社会を実現することを目的としています。

沖縄県手話言語条例(前文)

手話は、手指の動きや表情などを用いる独自の語彙及び文法体系を有し、ろう者とろう者以外の者が、意思疎通を行うために必要な言語である。我が国の手話は、明治時代に始まり、ろう者の間で大切に受け継がれ、発展してきた。しかし、昭和8年にはこれと相反する発音訓練を中心とする口話法の導入により、ろう学校での手話の使用が事実上困難となった。沖縄県のろう学校においては、昭和13年頃までは手話が用いられていたが、昭和14年頃からは口話指導が始められた。沖縄県におけるろう者を取り巻く環境は、沖縄戦による沖縄県立盲聾唖学校の焼失や米国統治及び日本復帰など大きく変遷した。そうした中、米国で風しんが流行し、半年遅れに当たる昭和39年から40年にかけて沖縄全域で風しんが流行した。琉球政府の要請を受けて昭和44年に行われた日本政府派遣検診班の検診報告書によると、339名の聴覚障害児の出生が明らかになった。その後、平成18年に国際連合総会において、言語には手話その他の非音声言語を含むことが明記された障害者の権利に関する条約が採択され、平成26年に我が国も批准した。また、平成23年に改正された障害者基本法(昭和45年法律第84号)では手話が言語であることが規定されたものの、手話に対する歴史的な経緯もあって理解が浸透している状況とは言えない。

沖縄県では、平成25年に沖縄県障害のある人もない人も共に暮らしやすい社会づくり条例(平成25年沖縄県条例第64号)を制定し、障害のある人もない人も全ての県民が等しく地域社会の一員としてあるゆる分野に参加できる共生社会の実現に取り組んでいる。手話は、確保されるべき意思疎通手段の一つとしての言語であるとしっかりと認識し、手話を使い生活を営むろう者とろう者以外の者が互いに理解し合える地域社会を構築するため、この条例を制定する。

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